きいちゃんへ ~新米ママの赤ちゃんへの手紙~

本業女医。でも、作家になりたかった私の、子育て・物思いの記。

妊娠で薄れゆく夢と、母になって持つ希望

二度めの妊娠を迎えている。

初めて妊娠したのは2年前で、そのときは流産した。しばらく不妊治療にかよい、たしかその頃からだったろうか。

私の胸の内にあった「作家にならずに終わる人生なんて、あってはならない、考えてはいけない」という気持ちが色褪せ、

黄昏のような寂しさを覚えはじめた。

 

はじめて折本の折り方を教わった幼い日。

一枚の紙に切れ目を入れて折りたたむと、一冊の本が姿をあらわした。

忘れられない、六歳の私がつくった本。一辺数センチそこらのまっさらなページの上に、空について思ったことを綴った。

出来あがった折本を胸に、読書家だった母が私のための本をぎっしり詰めこんでくれた子ども用本棚の前に立って、こう考えた。

私にも "あの” 本が作れたなんて! 

こんなにも美しい発見が、生まれてこれまであったろうか。

そのときから、いつか本物の本を書くひとになろうと決めた。箪笥いっぱいになるまで物語や詩を書き溜め、いくつかは小さな賞をいただいた。

親のすすめで医学部に進んだときも、「それでも人生は長いから、いつかはなれるだろう」と思っていた。

25歳で大手出版社の新人賞にはじめて送った長編小説が、二次選考まで通過したとき、父も母も、私の書いたお話を愛してくれる知人たちも、私はきっと20代のうちに作家になれるだろうと予言をくれた。

けれども新人賞は厳しくて、なかなか最終選考には残れない……。

 

妊娠してからついに心がざわつきだした。

「お母さんはね、本を書くひとなのよ」と、子どもに教えてあげられる日を、これまで何度夢みただろう。

それが今、よりどころがなくなっていくようで虚しく、物語を考える気力がゆっくりと凋落していくようで怖い。

 今、私は31歳。

世の中のひとに読まれることのない、私だけの物語の世界を読み返し、そこに棲む者たちの気持ちに触れて、笑ったり涙したりしながらこう思う。

もしかしたら死ぬとき「ああ、ついになれなかった」と思って振りかえる人生なのかも知れない。

私の人生は。

 

それでもたぶん、私はまだまったく諦めてしまったわけではない。

生まれてくるわが子の感じた物事のなかから、なにか美しいものを見出そうと手ぐすねひいている。

そして、ふたたび書き出すことのできるその日を待ちわびて、こんなブログをはじめたのかも知れない。

 

たとえば一緒にベランダから仰ぐ、嵐のまえの黄土色の雲。

その割れ目からわずかにのぞく、ひとすじの空の池。

今すぐあの水色の池まで行って、向こうに広がる空に手を伸ばしたいのに、と泣かれてもかまわない。

やがてガラス窓を洗う大粒の雨、

窓の端から端へと閃く、目を疑うような稲光、

そのあとで轟く恐ろしい雷鳴が、今から待ち遠しい。

その雷鳴はきっと昔感じたのと同じように、

私の腹を突き抜け、

私の子の胸を貫き、

ふたりの身体の中心まで殴りこみにくるだろう。

 

狐の嫁入りといわれる、お天気雨も待ち遠しい。

光をはらんだ重たい雨粒が、なんでもない空き地を鏡のように輝かせるところを、私の腹の中にいるこの子にきっと見せたい。

もしその機会を夫に先に奪われたりしたら、私は文句を言うだろう。

 

まだ生まれていないうちから、この子は雨が心躍るものだということを私に思い出させてくれる。

かつて素晴らしかったものたちを、ふたたび素晴らしいものとして甦らせてくれる。

 

この子が大きくなったら、こんなことを言ってみたい。

「風ってなんて気持ちがいいんだろう。生きているうちにたくさん浴びておきたいと思うけど、忙しくしているとなかなか難しいの」

研修医時代の一睡もできなかった当直明け、白みはじめた外の空気を吸いにでた瞬間、信じられないほど清らかな早朝の風に撫でられたときのことを思い出しながら、そう言ってみたい。

もしこの子が私と同じく医学の道を進み、

あのときの私のような研修医になり、

体力も気力も削られるしんどい夜を過ごすことになったらと思うと、心配だ。

ようやく寝られたと思ったその十五分後に聞こえてくる救急車の音に、泣きそうになりながらまた起き出すのかと思うと、心配だ。

もしそうなってしまったら、きっと夜明けにはあのすがすがしい、忘れられない風を浴びてほしい。

生きていることに感謝しながら。

 

このブログのタイトルは、私がかつて書いた童話に出てくるキャラクターの名前にちなんだものだ。どじょうなのに、”ふなっこ” という名前の彼のことを、いつかこの子に話して聞かせたい。

 

それでも母になったら、いつか本当にこの夢を諦める日がくるかしら。

今はまだわからない。

 

すこしずつ、流産のときのことから思い出して書いていこうと思う。